つながりの大切さ

今年の抱負でだったはずのブログ更新ですが、1カ月以上放置してしまいました。くすん。今年は本当に色々なことがあって、書きたいようで書けない、書けないけれど何かくすぶるもどかしさ、みたいなものが堂々巡りしている気がします。

書いていない間もネタはたくさんありましたが、書くための時間が割けないくらいに、人々との接触で充実していたなあと、この夏休みを振り返ります。でも、最近つくづく「書くこと」の大切さを感じているので、やはり持続可能に書き続けようとする姿勢を持ちたいなあと抱負を再確認しています。「書くこと」で他者とのやりとりと自分の思考を整理し、また次の新たな対話に向けた糧を得ることができるのですから。

さて、タイトルにあるように、私が人とつながってきたこと、そして今もつながって生きていることを思い出させてくれる出来事がありました。(そもそも、「つながり」がこの夏休みの私の探求テーマでしたが。)

実家近くに日本語教育関連の蔵書で名高い図書館があります。院生になりたての頃、まだ大学院で調達できる文献が多くなくて、ネット上からPDFなどで入手する機会も少なかったので、月に一度はそこを訪ねていました。最近は、身近で手に入る環境が整ったこともあり、年に一度行く程度になりました。

で、調べ物があって昨日件の図書館に一年ぶりに行ったのですが、どこかで見た顔が歩いている。でもしょっちゅう見ている顔じゃない。うーん、誰だっけ?とあれこれ記憶を巡らせ数十秒、東欧に赴任していたころ、出張先で出会った若き日本語教師の方であることに気付きました。研修でたまたまその図書館に来ていたそうです。彼女にとっても私にとっても、その図書館を訪ねることは、日常的なことでないのに、出会ってしまいました。これは、もう何かあります。

この図書館に来ると、いつもこのようなことが起こります。昨年も東欧で仲良くしていた方が、図書館下のロビーにいて、「なんでここに?!」と二人して驚きっぱなしでした。彼女は、今国際交流関係の仕事をしていて、海外からの研修生を引率していたところでした。

確かに、私の周りには国際的に活躍している人が多いけれど、街で偶然(まあ、この図書館は国際交流志向が強いけど)出会うって、なかなかないと思いませんか?そして、こうしたものすごい偶然に感慨深い気持ちになると同時に、自分が歩んできた軌跡を感謝せずにはいられないのです。自分が歩いてきた道があり、そこで出会った人々と今もこうしてつながっている。

話は変わりますが、最近、母校の同窓ML閉鎖のお知らせがまわってきました。恐れ多くて投稿はあまりできず、情報受信にとどまっていたけれど、偉大な先輩方とのつながりが断たれることはなんだかさびしいなあと思っていました。そう思っていたのは私だけではないようで、これまでの感謝を伝えるメールが続々と投稿され、そして私の同期がMLの引き継ぎを申し出たことで、MLは存続する方向となりました。「つながり」を皆が大切に思っていること、そしてそれを継続していきたいという意思が確認できたことに、とても嬉しく思いました。私も何かお手伝いできればと思います。

とりとめもありませんが、ブログをサボっていた間も、人々とのつながりの中で生きていました、というご報告です。